山の神にいた犬(3)

ころ

コロは、どんどん穏やかな表情になっている。

ころ

父と散歩をし、父の山仲間が寄り集まる場所に一緒に行く。
先日、鮎釣りにも初めて参加した。

軽トラの助手席に乗り、父とよく出掛けているそうだ。

ころ

人が好きみたいで、みんなと仲良くするコロを見た父は
「これで、どこに行っても安心」
と私に笑って言いながら、手放すのが寂しくて仕方ない様子だ。

ころ

父の撮影したコロは、いつも笑っていて、生きているのが嬉しくて嬉しくて仕方ないように、私には見える。
愛されているんだね。


山の神にいた犬(2)

 コロ2

 そして、月曜日。
「コロって、気がするねえ。」
父と母は、迎える犬の名前をそんな風に話し、父は寄り合いへ、母は動物管理センターへ向かった。

 父は、動物管理センターの様な場所が苦手だ。悲しみや痛み、見なくていいものは、見ないで避けたいのだと思う。父は、犬のテレビや映画も見ない。愛犬「チャム」の歌も、亡くなってもう5年も経つのに、まだ聴いてくれない。そう言えば、4月5日はチャムの命日だ。

 母は、愛するものの為ならば、何でもする。怖くても、悲しくても、立ち向かう。その強さを私は尊敬している。

 その二人の性格から、暗黙の了解。管理センターへ犬を迎えに行くのは、母の役目だ。父の一声、母の行動。案外、良いコンビなのかもしれない。


 初めて、管理センターの犬舍に入った母は
「冷たくて、寂しい場所だね。」
と言っていた。私が行った時と同じ。茶色い犬が、そこには一匹いた。迎えが来るのを待っていた。
 その犬は、車に乗るのを嫌がったそうだ。管理センターの職員の人に、喜んで抱かれたのに、冷たい場所に連れて行かれたからだろうか。
 母が話しかける。
「もう、だいじょうぶよ。怖くないよ。」
犬は、大人しくなった。
 車の中、静かにしていた犬が、身を乗り出し、外を一生懸命に見ていた場所があったそうだ。その子は、その辺を誰かと散歩していたのだろうか。


 母は、まず動物病院に直行した。

 子犬だと思っていたその子は、実際老犬で、体には大きな腫瘍があった。咳もしている。フィラリアだろうと検査をする。人懐っこく、穏やかで、お利口なその子は、先生の言うことをよく聞いた。お座りもお手もする。先生が言う。
「うちに来るか?」
母は驚く。病院だったら、ずっとゲージの中だ。
「えっ?!ここですか?」
「違うよ。家で飼うよ。お前は、‘コロ’だなあ。」
そうして、「コロって気がする」と両親が引き取ろうとした犬は、正式に「コロ」になり、お家が決まった。


 先生の家が受け入れの準備を整える為に、一週間ぐらいは、うちの両親が預かることになる。
 コロが家に着いたらすぐに、父からも電話があった。愛犬チビと散歩をしながら、父は言う。
「犬来た。かあわいい〜。もう何処にもやりたくない。」

 母も言う。
「ものすごいお利口だわあ。かわいくて、かわいくて、洗ってないのに、頬擦りしてしまうんよ。一番いいところに貰われていくのにねえ。その時のことを考えたら、寂しくて、お母さん涙がでるわあ。」

 多分、お年寄りに飼われ、ゆっくりと散歩をし、とても可愛がられた犬だったのだろう。コロは、そんな犬だそうだ。

コロ3

「嫁入り道具に…。」
父が小屋を作った。

                    つづく


 *

写真は、父の撮影です。

山の神にいた犬(1)

ころ

 うちの実家は、山に囲まれている。その山の奥の奥、「山の神」と呼ばれる場所がある。
 
 父は、定年退職後、そこで山仕事をする時間が増えた。冬のうちは、ぼつぼつと…そして、春が近づき、また毎日のように、仲間達とそこに行き始めた。
 三月中旬のある日、その場所に茶色い犬が現れた。小ぶりの中型犬、体の大きさから、父と仲間はまだ子犬だと思った。人懐っこく、つぶらな瞳。父と犬は仲良しになり、父は犬のこれからの幸せを願った。

 その犬が現れる直前に、父は見慣れない車を見たそうだ。人慣れしてることからも、その犬は捨てられたことは明らかだった。

 それからも、山仕事の時、毎日犬は現れる。犬も仲間になった。

 穏やかに、毎日顔を合わせる日々。そして、訪れる運命の日。3月28日、金曜日。
 祖母が、自宅に帰り、父と母に告げる。誰かが、動物管理センターに電話をして、犬が連れて行かれたらしい。管理センターの職員の人に喜んで、抱かれて行ったらしいと…。
 父の顔色が変わった。母は、泣きそうになる。
 管理センターに保護された犬は、引き取り手がなかったら、ガスで処分される。
「管理センターに電話せな。うちに連れて帰る。」
父は、母に言う。母は安堵するが、祖母は怒る。
「また犬を飼うんな!引き取り手がなかったら、どうするんな?!」
「引き取り手がなかったら、家で飼う!」
父はきっぱり言った。

 母にその時の話を聞き、涙ぐみながら、父を今までできっと一番誇らしく思った。母もそうだろう。

 金曜の夜、もうセンターは閉まっている時間だ。でも、ワンワンライブに来て、犬の歌や話を聞いてくれていた母は、そして犬を思う父も居ても立ってもいられず、電話をかけてみたそうだ。電話に職員の人がでる。犬は、無事だった。
「良かった。良い子ですよ。月曜に連れに来て下さい。」
センターの方も、父も母も私も…みんながホッとした。

 母とその一連の話をしていて
「また茶色い犬だね。」
そんな話が出た。最初のワンワンライブの三日前、救えなかった犬。管理センターの冷たい床の上で、丸まっていた茶色い犬。ワンワンライブで、歌い、話し続けている「茶色」

 あの時、まず母に電話をかけた。
「お母さん、もう一匹、犬飼えない?女の子。」
母は、父に聞かないと分からない。多分、ダメと思う。そう言った。その時、家には二匹の犬がいた。

 父に電話をかけた。忘れもしない。私は学校で働いていて、使われていない教室、窓際に立って外を見ながら電話をした。
「そんなことにかかわってたら、お前の人生ダメになるぞ。」
と怒られた。
 父は、当時公務員で、同じ部屋の隣のデスクが、動物の保護に携わる課だったそうだ。
毎日、救えない犬を父は身近に感じていた。そして、娘の私のこれからを心配して言ってくれたのだろう。でも、その時は、それに気付けなかった。悔しくて、悲しくて、私はその場で泣いた。

 その時は、ただ自分だけが、悲しいと思っていた。でも、母の
「あの時、助けれんかった犬も茶色だったもんね。今度は助けれて良かった。」
その言葉を聞いて、ハッとした。私は、父にも母にも救えない辛さを背負わせていたのだと…
 想いは、一人では終わらない。伝わるんだ。ワンワンライブで自分が言っているのに。
「気持ちは伝染するから、たった一人の私から始めよう。」
悲しみも、自分だけで終わらない。そんな当たり前のことに五年も経って気付かせてもらえた。

 父にも電話をかけた。
「土日、センターだから可哀想ね。早くお家に来れたら良いね。」
「うん。でも、お父さんと気持ちが通じてたら、だいじょうぶ。」
そんなことを言う人じゃなかった。涙が出た。


                         つづく…

  *

写真は、山の神を放浪していた時のものです。
父の撮影です。


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